ようこそ、「ひろこさんの部屋」へ!!


彼女とは10年以上も前に、サッポロで会いました。
客観的にはどう考えても失意のどん底にあったと思うのですが、お会いした時にとても前向きな印象を持ったのです。
 その後数年間は年賀状のやりとりをしていたのですが、いつしか音信不通になってしまいました。
 ところが昨年(2000年)の秋口(?)にテレビで特集されている彼女を偶然見つけました。その場では対応できなかったのですが、岡本さんという受講生が連絡先を探してくれて、ようやく再会(?)がかないました。
 人の幸せあるいは不幸も様々だと思います。
我々が心配しなくても、彼女とそのご家族はとても幸せなのかもしれません。たまたま彼女は身体が不自由ということだけで、世の中には心の病で苦しむ人、愛情に飢えている人、お金がなくて困っている人等様々です。
 だから、彼女を特別扱いするつもりはないのですが、その前向きさから何かを学べたらと思います。そして、彼女ご本人ばかりでなく周りで支えてくれるスタッフさん達にも「自分の存在で少しだけでも元気になってくれる人が居る事」をわかって欲しいと思います。

 そのようなわけで、彼女から頂いた「プラネタリウム」(*注)の元原稿を、そっくりそのまま勝手に転載してしまいました。ご本人及び関係各位にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、主旨をご理解の上お許し頂けることを願っております。

*注「プラネタリウム」:北海道新聞の夕刊コラム。
ひろこさんは6週間に1度位を担当している。

「ありのままの声を電波に」

 平成10年、札幌の西区に市内で3番目に開局したコミュニティFMラジオ三角山放送局で番組を持つようになって4年目に入った。
地域に根ざした放送局をめざす社長は、声が良いとかお話が上手というより、思いを強く持っている人をボランティアのパーソナリティーとして求めていた。そして社会的に弱者とか少数派とよばれる人たちにも参加して欲しいと願っていた。
 顔見知りだった彼女に「30分くらい話してみない?」と声をかけられた時「面白そう、やってみたい」と思ったが、ふと、不自由な身体を不安にも思った。電動車椅子で大丈夫?一人で行って、誰が手伝ってくれるの?
さっそく、ビルの入り口にスロープがつけられ、スタジオの段差も解消され、貴重な社員が一人アシスタントとしてつけられた。コートの脱ぎ着、飲み物の用意、選曲の手伝い、スタジオにも一緒に入り、様々な事を私の手となってしてくれる、私はただ喋るだけで良い。嬉しかった、不安は消し飛んだ。マイクの前では、なぜかとても正直になり、自由になり、火曜の夕方の1時間40分の番組は私のかけがえのない仕事になった。
 肺活量の落ちた身体で長時間話すことは辛い「ごめんなさい、苦しくなったから1曲かけますね」と言ってしまう。体温調節がうまくできないので、暑い夏はエアコンを利かせても苦しい。「貧血がおきそうなので3曲続けてどうぞ」なんて言って、自分がひと休みしてしまう。
こんな、ありのまますぎる番組「飛び出せ!車椅子」を百三十回。
 私のライフワークとなったこの番組、今年から持ち時間を1時間にした。
できるだけ細く長く続けたいと思う。

山本博子


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