受講生からの便り&メール


No.25
2002年11月25日〜27日(某メーカー:新任チーフ研修)
 

矢野先生
こんばんわ、○○○の松本です。昨日までの3日間お世話になりありがとうございました。
本来なら朝一でお礼のメールを入れさせて頂かねばならなかったのですが、3日間抜けてただけでメールが2スクロール分溜まってしまって・・・。
これは言い訳ですね、申し訳ございませんでした。

【あなたは前向きだし、自信も持っていると思います。でも、影響力の強い人ほど、周囲に対する目配り気配りが大事だと思います。今でもできていると思いますが、更に周囲に対する配慮を意識してください。ちろん、風見鶏はダメですが…。】

実は昨年までは前向きな人間、自信のある人間とは言えなかったのです。
でも、基本的に明るい人間だとは思っていますけどね。
先生にも言いましたが95年に前職に入社して淡路島を脱出したい一心で頑張り、3年弱のちに晴れて○○○に転職できたのですが、一番初めに配属された部署は○○課というところでした。前職で欧州向け営業をしていたということでの配属だったようです。
○○○は私の印象からいうと、街で売られている本に書かれているように単一の文化で構成されていません。どこの会社もそうですが、各製品事業部によってそれぞれの文化が存在しています。またこれは各地域本部によっても違います。北米、欧州、アジア、日本でもそれぞれのカラーがあるんですね。

私の配属された○○課というのはバイク文化の総本山ということで、何にしても厳しかった、そういう印象でした。電話の受話器を上げるのが遅いということで、家に電話を持って帰れとか、飲み会でも気配りが足りないということで翌朝に別室に呼ばれて叱られる。準備不足だと言われ、海外出張の予定を短縮させられたりと色々ありました。その当時は我慢我慢の日々でした。
でも私はこう思っています。
季節に『春夏秋冬』があるように、人生にも『春夏秋冬』があるのだと。冬が過ぎれば春がくる、夏が過ぎ、秋風が吹けば冬も来るだろうと。だから今は冬が終わり、春の時期なのだと思っています。
ただ、私が送ってきた僅か7年半の会社員人生でなんとなく分かったことは、『逆境は偉大な師』であるということです。のんべんだらりとした時ばかりを過ごしてきていたら、こんなにまで自分と見つめ合うことはなかっただろうと思うのです。
もちろんその苦しい時期にいるときはそんな余裕はありません。でも知らず知らず内に自分を成長させているのではないかと。

なぜ、私が自分にとって仕事の意味を考えるのにそれほど時間をかけずにこなすことができたかというと、上にも書きましたが転職が一つのきっかけであったことは間違いありません。それ以来、自分を客観視することに意味を感じており、自分の強さと弱さを常に認識することを心掛けているからだと思います。
ちょうど95年に阪神大震災があったときに私の実家、親戚も被害を受けました。
私の祖父母の家は全壊し、仮設住宅に移り、実家も親父が大阪で水産卸業を営んでいるので、母親と妹は私の神奈川の下宿先に転がり込んできました。地震から2ヵ月後に神戸に帰省したときに分かったことは、『形のあるものは、いずれは壊れて無くなる』ということでした。思い出の品物も粉々になっていたのを目の当たりにして、珍しく地震などの災害や泥棒にも取られないものは何かということを真剣に考えました。
その行き着いた結論は『自分自身の中にあるものは誰にも壊されない、取られない』ということでした。
しかも今後日本は少子化が進み、海外からの労働者も増え、ドンドン製造拠点も流出していく。雇用の安定なんて無い。日本人同士の競争なんかしていてもしょうがない、同じ世代の外国人との競争をしなくてはならなくなる。その時代の中で汎用性の高い、評価のされるスキルは何かというと、やはり第一に『コミュニケーション力』であると確信しました。なので、その手段となりうる、英語を更に勉強していこうということで今も続けています。将来的にはもう一つぐらい言葉を覚えられたらと思ってます。

日本は弱体化の一途を辿っており、既に個人レベルでは中国人、インド人を初め多くの国の人々に抜かれていると思っています。
日本人として如何に競争力を維持・向上させるかを各個人レベルでも真剣に考え『実行すべき』だと考えます。私が思うに、こういった研修でも○○○のネットワークを活用していろんな国の人々を集めて行うことも出来ると思うのです。日本が出来ないなら○○○からまずやればいいんじゃないかと。
せめて○○○の人間は世界のどこに行っても通用するだけの人材にならないと、日本自体危機的状況(もう既にそうですが)を脱することはできないと考えます。

ダラダラと書いてしまいましたが、要するに私にとってビジブル(VISIBLE)なものより、はるかにインビジブル(INVISIBLE)なものの中によっぽど意味のあるものがあるのではないかと思っています。だから自分の可能性を知りたいのであって、発揮したいと思っているのです。
ちょうど今年の頭から小学校2年生から高校1年まで8年続けた後にやめたバイオリンの練習を再開しました。これも自分でやりたいと思ったのと、自分にどんな可能性が潜んでいるのかを知りたいと思ったからです。クラシックはもうイヤだったので今度はジャズバイオリンを習いに行っています(まだまだヘタクソですけどね)。面白いですよね、自分を知ることって。

今後ともよろしくお願いします。